大阪地方裁判所 昭和49年(わ)2174号 判決 1981年3月27日
主文
被告人畑中邦夫を懲役一〇月に、同大島修を懲役八月に、同田沢美之、同木本保平、同片岸清一、同堀田佳孝、同久野吉雄及び同山邊大三を各懲役六月に処する。
被告人八名に対し、この裁判確定の日から各三年間それぞれの刑の執行を猶予する。
被告人畑中邦夫から金六四万四、〇〇〇円、同田沢美之から金八万七、〇〇〇円、同木本保平から金七万円、同片岸清一から金一万円、同堀田佳孝から金七万七、〇〇〇円及び同山邊大三から金一〇万三、二六三円をそれぞれ追徴する。
訴訟費用<以下、省略>
理由
(本件犯行に至る経緯)
昭和四九年七月七日施行の参議院議員通常選挙(同年六月一四日公示)において、糸山英太郎は全国選出議員として自由民主党の公認を受けて立候補したのであるが、大阪地区における同人の選挙運動母体として、大阪市西区江戸堀北通一丁目六九番地大阪日日新聞社ビル四階の新日本開発株式会社内に、糸山英太郎を育てる会大阪本部があり、同本部は同年二月ころから積極的に選挙運動に取り組んでいたが、同年六月三日から選挙公示前日までの間、同市南区順慶町通四丁目七〇番地に事務所を移転し、選挙公示後同事務所はそのまま糸山英太郎の選挙事務所となった。
糸山英太郎を育てる会大阪本部の組織は、事務長に前田清、相談役(後に事務局長)に岸田政夫、会計責任者に三浦英太郎ら、ポスター担当の総務局長に桐ケ窪達が当つており、更に、衆議院議員選挙の大阪地区割に従つて、それぞれの地区別の総括責任者を決めていた。
同年六月五日ころ、前記順慶町通の糸山英太郎を育てる会大阪本部事務所において、右前田清、岸田政夫及び桐ケ窪達の幹部三名が相談した結果、大阪各地区へ割り当てるポスター枚数を決めると同時に、各地区責任者に対し、ポスター一枚につき四〇〇円の割合によつて算出される金額とそれに一律に一万円を加えた現金を供与して、ポスター貼付労務賃名下に買収すること、地区責任者を集めてポスター掲示のための説明会を開き、その機会を利用して右金員を供与すること、地区責任者からはポスター一枚につき五〇円割合で計算した金額の領収証を徴し偽装工作をしておくことを決めた。
このようにして、同月一一日、右順慶町通の糸山英太郎を育てる会大阪本部事務所において、まず大阪一区、二区、五区及び六区の各地区責任者に対するポスター説明会が開催されて、予定通り前記金員がそれぞれ各地区責任者に供与され、次いで同月一二日に、大阪三区のうち北摂地区の責任者を集めてポスター説明会が開催されたが、その席上豊中地区責任者古澤信男から現金交付について異議が出された結果、右地区責任者に対しては、同月一四日、前記大阪日日新聞社ビルの事務所において、ポスター配布と同時に右金員が供与されることとなつた。
被告人大島修は、昭和二六年に糸山英太郎の義父笹川了平を社主とする大阪日日新聞社に入社し、同四六年三月社会部部長を最後に退社し、その後糸山英太郎が代表取締役である新日本開発株式会社に開発室長として入社し、同四八年一月から秘書室長となつていたものであるが、同年三月ころから、前記糸山英太郎を育てる会の前身である「さきがけ会」を新日本開発株式会社の社員によつて組織し、同年五、六月ころ右育てる会が組織されるに至つて、その会員の募集など糸山英太郎のための選挙運動に従事し、右育てる会大阪本部の副事務長として事務長の前田清を補佐していたものである。
<中略>
(罪となるべき事実)
被告人大島修は、前田清、岸田政夫、桐ケ窪達のほか嶋嵜秀男、三浦英太郎、岡崎嘉文らと共謀のうえ、右糸山英太郎に当選を得しめる目的をもつて、同年六月一四日<中略>
右大阪日日新聞社ビル四階糸山英太郎を育てる会大阪本部事務所において、同選挙の選挙人である東久保信市に対し、<編注・右糸山英太郎のため投票並びに投票取りまとめなどの選挙運動方を依頼し>その報酬として現金四万四、〇〇〇円を供与し<たものである。><中略>
(問題点に対する当裁判所の判断)
一 弁護人は、桐ケ窪達らが本件で供与した金員(被告人山邊大三に対する分を除く)は、いずれも糸山英太郎候補の法定選挙ポスター貼付等に要する労務賃及びポスターの配布を受ける地区責任者の交通費や貼付に必要な資材費その他の実費として支給されたものであつて、選挙運動に対する報酬の意味を一切含むものではない旨主張する。
確かに、右金員はポスター配布とともに交付されており、その金額は配布ポスターの枚数に一枚四〇〇円の割合を乗じたものに、一律一万円を加えたものであることは判示認定のとおりである。そして、第一一回及び第一二回各公判調書中証人桐ケ窪達の各供述記載、第二〇回公判調書中証人前田清の供述記載などによると、右金額は前田清、岸田政夫及び桐ケ窪達が相談した結果決定されたものであるが、ポスター一枚につき四〇〇円という割合にした理由は、一回の貼り出しで作業が完了する演説会告知用ポスターにつき、その貼付のためのアルバイト賃が一日五、〇〇〇円で六〇枚となつていたことから、ポスター一枚につき約八〇円となるのに対し、法定選挙ポスターの場合には、貼り出しのほか、監視、修理、移動、回収等の作業を要するため、大体右の五倍の労力を要するとして、ポスター一枚につき四〇〇円の労務賃を要すると考えたことによるものであり、一律に一万円を加算する理由は、ポスター配布を受ける地区責任者自身の交通費やポスター貼付等の作業のための資材費としてその程度の金額を必要とすると考えたことによるものであることを認めることができる。
しかしながら、右に検討したことは、桐ケ窪達らが地区責任者に交付した金員について、その金額算由の根拠を明らかにしたということはできるが、右のことから直ちに、現に供与された金員が弁護人主張のような性質のものであつたと結論することはできない。
即ち、本件証拠によると、桐ケ窪達らがポスター説明会の席上等で地区責任者らに金員を交付した際、その金員につき単にポスター貼付の労務賃と説明しただけであつて、その交付額が労務賃等の実費額であることの具体的説明、例えば前記のポスター一枚につき四〇〇円の割合とする理由、一律に一万円を加算する理由などについての説明がなされていないこと、更に、右交付金員につきその使途を明確にすることもせず、また、経費を控除して残額が生じた場合の清算手続についても何ら指示していなかつたのである。およそ、実費弁償はその性質上事後的に行われるものであるが、事前に概算払をする場合には、その支出内容について当事者間で予め了解がなされ、支出後はその使途が明確になされたうえ、最終的には清算がなされるべきものであると考えられる。然るに、桐ケ窪達らの本件金員の交付状況は右に述べたとおりであり、その後の清算手続も全くなされていなかつたことは本件証拠上明らかなところである。
そうすると、桐ケ窪達らが交付した本件金員は、ポスター貼付の労務賃名下に、地区責任者らの自由な処分に委ねられていたというべきものであつて、同人らの選挙運動に対する報酬という性質を有していたことは否定できず、弁護人の前記主張を採用することはできない。<以下、省略>
(逢坂芳雄)